創業塾:第一章:組織に頼らない生き方

1-1:リスクとリターン

 働いている人たちのうち、組織に所属して給料をもらう人がほとんどを占めます。総務省統計調査によると、2010年の就業者数は約6,200万人だそうです。それに対して、2009年の法人数は約180万社、個人事業主が約240万人とのこと。事業所の99.7%を占める中小企業のほとんどがオーナー企業だとすると、ざっと420万人がオーナーとして経営しているということになります。雇用されている人の1割にも達しませんね。

 組織に属して働いている人、すなわち労働者と、オーナー経営者とでは、どのようなリスクとリターンがあるのでしょうか。まず労働者は労働基準法その他で保護されています。十分な給料ではないかもしれませんし、不払いという状況にある人もいますが、おおむね、収入が保証されています。ただし給料の伸びはそれほど期待できません。一部の企業を除いて、多くの場合は、労働生産性の違いほどには給料に差が付きません。頑張っても制限があるということですね。これに対してオーナー経営者には、何も保証がありません。有給休暇もないし、(一部例外を除いて)労働者災害補償保険法も適用されません。事業が上手くいかなければ収入はありません。しかし、成功したら成功した分が自分のものになります。つまり、ハイリスクハイリターンなわけですね(ハイリターンが保証されているわけではありませんが、あくまで可能性として)。

 ただし、法的に保護されている労働者ですが、現実には厳しい状況に陥ることがあります。そういった意味では、決してローリスクというわけではありません。そうであるならば、雇用されている状況と独立して起業する状況と、どちらがリスクとリターンにおいてメリットがあるのかを考えなければなりません。人生をかけるわけですから、じっくりと得失について考えてから行動しましょう。

 

1-2:事業主に対する世間からの信用度合いは低い

 功成り遂げて多くの資産を持つようになった人はともかく、駆け出しの事業主に対する世間の信用力はほとんどゼロに近いと考えたほうが良いでしょう。雇用されていれば、給料が低くても低いなりの評価をしてくれます。住宅ローンを組むこともできるでしょうし、クレジットカードを作ることもできます。しかし事業主は収入の保証がありません。今年良くても来年も同じだけ稼げるとは限りません。

 事業主になって高い報酬を得るように頑張るとしても、世間はそうは見てくれません。実績を重ねて、目に見える形(具体的な資産形成)ができて初めて、信用力が付いたということになります。賃貸の住宅でも、個人事業主には貸さないという大家さんもいます。リスクという面からは、雇用されている人とそう変わらないようになってきてはいるのですが、なかなか評価は変わらないようです。独立開業するのであれば、信用力がなくなることを覚悟しなければなりません。きちんと準備してから開業することが大切です。

 事業資金を借りる際にも壁はあります。ただしこの点に関しては、創業に関する融資という者があるので、状況は若干変わってきます。詳しくは章を改めて説明します。

1-3:成功の法則などない

 世間には成功した人の体験談や法則と称する書籍が出回っています。それらは貴重な参考資料にはなりますが、同じことをやっても成功はしません。成功した人の数だけ成功の法則があるのであり、成功が保証されることなどないのです。タバコは健康に悪いということは周知の事実ですが、100歳を超えた人に長寿の秘訣を聞いたところ、「好きなタバコを吸うことだ」と答えたという笑い話がありますが、成功の法則も似たようなものです。成功した人が法則だと思っているだけで、実は単なる経験則でしかないのです。

 失敗の法則はあります。嘘やごまかしで固める事業主は、そのうち嘘が破たんします。事業に真摯でない事業主には、そのうちツケが回ってきます。他人の意見を聞かない事業主は、深みにはまりこんでしまいます。従業員を道具としか思ってない事業主は、自分の力量以上に事業を伸ばすことができません。

 成功の法則はありませんが、公式はあります。成功=努力*運。努力をしていれば、少しの運でも成功する確率は高くなります。しかし努力していても運がなければ成功しません。運があるかどうかは分かりません。運がないと嘆く人もいますが、実際には誰にもわからないのです。だから努力して努力して、運の量が少なくても成功を目指すしかないのです。結果は神のみぞ知る、です。

 成功の法則がない以上、自分を信じるしかありません。盲信、猛進、です。しかし、よき助言者を持つことは大切です。半可通の素人助言者は混乱を引き起こすだけでしかありませんが、事業の経験者や専門家の意見は大切です。もちろん、それらの意見が100%正しいということはないので、最終的には自分で判断するしかありませんが。盲信・猛進しながら、少し耳を傾ける、という態度が大切です。

1-4:先立つものは金(自己資金)

 事業を始めるには資金が必要です(事業資金)。法人の登記をし、事務所や店舗を借り、内装を整え、備品類を購入し、人を雇い、原材料や商品を仕入れ、宣伝をし、専門家に謝礼を支払い、…。何をするにもお金です。

 事業資金は、原則として自分で用意する必要があります(自己資金)。そのためにも、創業を目指して長期計画が必要で、当初に必要な額(少なくともその半分)を貯めましょう。要件に該当する場合は、補助金や助成金を受けることができるかもしれません。それでもなお不足する場合は、金融機関から借りたり、投資会社の投資を受けたりすることを考えます。外部からの資金は、必要な額の半分程度に留めましょう。逆に言えば、必要な額の半分程度は自己資金を用意しましょう。事業資金のほとんどを融資で賄うような計画は、金融機関から信用してもらえません。

 資金の出し手は、融資であれ投資であれ、利益が出ることを期待して金を出します。慈善活動ではなく、若人への期待でもなく、営利活動なのです。資金の出し手は、返してくれるところに貸すのですから、返せるという見込みを提示し信じてもらわなければなりません。そのためには、後述する事業計画が重要になります。机上の空論であっても、それなりの根拠に基づいた計画であれば資金を出します。どんぶり勘定であったり、甘すぎる見込みであったり、準備不足で走り出すようでは、信じてもらえません。

1-5:こんな人が失敗する

 創業となれば、自分がやりたいことをやろうとする方が多いのですが、単なる趣味の実現であれば、成功は覚束ないでしょう。好きこそものの上手なれであり、好きなことを事業にすることは悪くないのですが、顧客の視点が抜けてしまうと自己満足に終わってしまいます。顧客の立場を考えて、どのような価値が提供できるのかを考えるべきなのです。

 考えずに走り始める人。まず走り始めるとしても、考えながら走るのは良いのですが、準備不足なのに走り始めて、そのまま一点を凝視して走る人は危険です。猪突猛進で成功する方もいますが、そのような人は稀で、実際にはリスクの多い方法です。逆に考えすぎて一歩が踏み出せない人も居ます。こちらは事業の成功・失敗以前に、事業を始められないという状況から抜け出せません。

 人の話を聞かない人も駄目です。頑固で人の意見に耳を貸さないと思われている人も、成功する人は実は聞いているのです。その場では判断せずに、自分の腑に落ちた時に採り入れているだけです。これに対して、まったく聞かず考慮しない人は、深みにはまり、はまったことに気付かず、気づいても誰も提案してくれない状況に陥ります。

 こだわってはいけません。「朝令暮改」「君子豹変」は、実は良い行動を指す言葉です。軸(理念や価値観)はしっかりと定めるべきですが、手段は適宜変えればよいのです。右の道を進んでいたのに急に左の道に変えるのは問題ありません。目的地が変わってなければ、どこを進むかなどにこだわっても仕方がないのです。ただし、従業員が迷わないよう、変更の宣言はしましょう。

 従業員を尊重しない人も駄目です。ロボットのように扱い、自分の指示することを従順に聞くことだけを求めておいて、「従業員は考えない」と不満を言う人です。自分が従業員を考えないようにしておきながら、それに気づかないのです。このような組織は、トップの力量がそのまま組織の力量です。それ以上にはならないのです。

1-6:夢を持とう

 夢を持ち公言しましょう。自分で進む道がわからなくなることを防ぎます。周りの人(資金の出し手や従業員など)に理解をしてもらうことで事業が進めやすくなります。そして、その夢を理念としてまとめましょう。

 しかし、幻は見てはいけません。現実的でない夢を持つことは良いのですが、現実を間違って認識してはいけないのです。たとえば世界的な企業にするという夢を持つことは、現実には厳しいかもしれませんが、良いのです。そうではなく、今開発している商品は世界中の人が待ち望んでいる、などと根拠のない幻を見てはいけないということです。ここで区別した夢と幻は似ていますが異なります。

 夢は、高尚でなくても構いません。金持ちになるとか、高級スポーツカーを買うといったことでも良いのです。ただ、生み出した価値以上の報酬を得ようとしてはいけません。材料や商品を仕入れ、加工するなどして価値を上げ、それを買っていただくことで価値を提供しているのです。売上と経費の差額(儲け)の一部を報酬として得るのであれば、それがいかに高額であっても問題はありません。ただ、価値がないのに高く売りつけるなどして詐欺的な活動をすることは駄目なのです。

 夢を持ち公言しましょう。自分を奮い立たせ、周りを巻き込み、事業を推進しましょう。

 

1-7:事業を終わるにも金がかかる

 社会の仕組みとして、事業は継続するものだという前提に立っています。止める場合は「止めた」というだけでは駄目なのです。未払い金を支払ったり借入金を返済するのは当然ですが、そのほかにも、事務所や店を元通りにしたり(現状復旧)、法人の場合には解散の登記をしたりしなければなりません。それらにも金がかかります。

 法人の場合は、設立登記しなければ認められません。法律が認めた存在(人)だからであり、登記することで他の人が認識できます。だから解散する場合も、きちんと登記をしないと迷惑をかけてしまいます。設立登記以上に費用が掛かるようです。

 未払い金や借入金が、会社の資産を処分しても支払いきれない場合は、私的あるいは法的に解決しなければなりません。会社の資産を処分して支払い、残りはごめんなさいというわけにはいかないのです。一般には弁護士に入ってもらい、債務者と交渉をすることになります。弁護士費用もばかになりません。一般的には会社の連帯保証人として代表者がなっているでしょうから、その対応も必要です。自己破産することも考えられます。

 事業を始めるなら、終わり方も考えて始めましょう。自分一代で終わるなら個人事業主として進めるか、解散を考慮に入れて経営しましょう。永続を考えるなら、株式会社などの法人にした方が良いでしょう。ただし意に反して終わらざるを得なくなったら、撤退費用も掛かるということを覚えておきましょう。